三日月はづきです。
「因果応報」という言葉、一度は聞いた事があると思いますが、その意味をしっかりと理解されているでしょうか?
因果応報とは、良い種をまけば素晴らしい収穫をする事ができ、逆に悪い種をまけば悪いものを刈り取らねばならないというものです。
私たちが行うべきことはもちろん良い種蒔きです。
そこで誰でも出来る積極的に行うべき善行をまとめてみました。
ゴミ拾いは善行としては小さいのですが、誰でも出来ることですし積極的に行っていきましょう。
誰も見ていなくても、神様や守護霊が見ていることがあります。
「誰も見ていないのにこの人間はえらいやつだな」
と気に入られたり、守護霊であれば
「さすが私のご主人様だ!!!!!!!」
と、より好感度が上がったりします。
ご相談者様の中には、ご両親のことを嫌っている方もいらっしゃいます。
ですが少しでも恩義や感謝の気持ちを持っているのであれば、親孝行をしっかりと行いましょう。
親孝行もまた善行の一つであり、親孝行をすることで親子の絆が深まります。
今、あなた様がこうして現世にいるのも、全てはご両親のおかげです。
「人生、辛いことだらけ。
こんな人生なら産まないで欲しかった」
という方もいらっしゃるかもしれませんが、酸いも甘いもあるのが人生です。
これまでは辛く苦しい人生だったのであれば、この先は楽しく充実した人生になっていくものです。
それを今から見越して感謝の念を持って親孝行するのも良いでしょう。
親孝行の行い方としては、あなた様なりに感謝の気持ちを表現すれば良いです。
お金をかけるのも良いですし、お金をかけずにただ一緒の時間を過ごすのも立派な親孝行となります。
自分孝行とは、自分自身の心と体を大切にし、幸福になるために行う行動のことです。
親孝行が親を喜ばせるための行動であるのに対し、自分孝行は自分自身を幸せにすることに重点を置きます。
人生の最大の目的は幸せになることなのですから、自分孝行も最大の善行であり、最良の選択でもあります。
ただ、若い頃は自分がおざなりになりがちです。
特に心優しい方は、自分よりも他人のことを優先してしまいます。
しかしそれで自分が幸せにならないのであれば意味がございません。
私も当初は自分のことなどどうでも良く、ご相談者様が幸せになれればそれで満足しておりました。
ですがある時に師匠から
「ご相談者様のことを第一に考えるのは立派だが、自分自身を大切にできない人間がご相談者様を大切にできると思うか?
予言してやる。
自分を犠牲にし続ければ、お前の心や体は壊れていき、いずれご相談者様のことも雑に扱うようになる。
体が心がボロボロの状態でまともに鑑定やご相談者様への対応ができると思うなよ」
と言われ、意識を変えることにしました。
私は当時まだ若かったから無理が出来て、自分は無敵だと勘違いしていたのです。
ですが確かに師匠のおっしゃる通り、自分を犠牲に続ければいずれ心や体を病み、鑑定のクオリティも落ちてご相談者様へご迷惑をお掛けすることになります。
それに気づいたので、それ以降は自分孝行もしっかりと行うようになったのです。
すると目に見えて鑑定のパフォーマンスがアップし、よりご相談者様へ親身に寄り添えるようになりました。
また、心や体が喜んでいることもはっきりと感じ取れるようになりました。
これは私のような占い師だけでなく、全ての方に共通して言えることです。
人を喜ばせたり楽しませたりするために、積極的に行動する心を持つことも善行にあたります。
人を喜ばせたり楽しませたりすることは、一時的な幸福を与えるということでもありますからね。
私はよくご相談者様への特別鑑定を提供しております。
これは自分への見返りを求めてのことではなく、アフターサービス的なものです。
例えば守護霊鑑定でしたら、守護霊達との一大セッションや、強化合宿などですね。
通常でしたらそれで終わりなところに、更なるスパイスを加えてあげるのです。
また、私の鑑定は一般的な占いからは逸脱した一面もあります。
そのため、同業者からは批判されることもしばしばあるのですが、占いは自由で楽しいものであるべきと私は考えております。
そのほうが占いへの偏見を持たれている方や初心者の方も楽しめますし、より鑑定の幅も広くなるのです。
サービス精神は仕事面だけでなく、プライベートでも、恋愛でも簡単に取り入れることができます。
それこそ会話にユーモアを入れるとか、ウィットにとんだジョークを入れてみるとか、相手をいかに楽しませるかを考えて行動すると良いでしょう。
ニュースなどの被害者を見た時、あなた様はどう思われるでしょうか。
恐らく「可哀想」と思うはずですが、それだけで終わってしまっておりませんか?
「でも知り合いでもないんだからそれで仕方ないじゃん」
と思われたかもしれませんが、実は可哀想な方々のために私たちができることがあるのです。
それは「神に祈りを捧げる」こと。
神に対して祈るという行為は、人類に普遍的なものです。
地球上に存在するどのような宗教であっても、それ特有の神があり、その宗教に属する人々は常に神に祈っております。
例えばイスラム教では祈りの場として「モスク」が存在しております。
モスクとは、アラビア語でひざまずく場所を意味しており、モスクにおいて信者たちは文字通りにひざまずいて祈りを捧げるのです。
では、日本はどうでしょうか。
日本人は宗教感が薄く、「自分は無宗教」と公言する方も多いですが、実際はそういった方でも神社に足を運び祈りを捧げます。
また、神社だけではございません。
日本は八百万の神という神道における神の概念において、森羅万象に神の発現を認めております。
つまりあらゆる物に神は宿っているということですね。
ただし、神社で祈ることはあっても、大半は自分のことか自分に近しい方のことを祈るだけです。
ですがそれだけでなく、あなた様が「可哀想」と感じた方のことも祈ってあげましょう。
例えば
「家族旅行中に交通事故に遭い、子供を残して両親は二人とも死亡」
という悲惨なニュースを見て残された子供に対して「可哀想」と感じたのであれば
「交通事故で両親を失った子が救われますように」
と祈りを捧げてあげてください。
神様の仕事の一つに人間を助けることがありますが、これには優先順位があります。
悲惨な状況であればあるほど優先順位が上になっていくので、詳細を語ることは必須と言えます。
神様も全ての人間界の情報を把握しているわけではありませんので、どんどんと情報提供をしてあげましょう。
その祈りが神様に届き
「確かに可哀想な子だな。わしが救ってやろう」
と、その気になればその子は救われることになるのです。
そうなればこれは最大級の善行となり、今度はあなた様が救われることになります。
過去にしてしまった良く無いことで自分を責めてしまう方は多いです。
例えば自分の過失で我が子を失ってしまったのであれば、一生自分自身を許せず責め続けることになることも珍しくはありません。
しかし自分自身を責めることは、自分自身を攻撃し、傷つける行為です。
つまりこれも立派な悪業になってしまうのです。
カルマの解消や清算は方法さえ知ってしまえばそれほど難しいことではございません。
ですが多くの方はその方法を探す事にとても苦労し、そして挫折していきます。
自分自身を許すことは、誰でもその気になればできることです。
その方法は両手を胸にあてた状態で「許します」と、自分に言い聞かせるように念じることです。
一回では効果は得られませんが、毎日のように行うことで、気づいた時には自分を許せるようになっているはずです。